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- 支社長
- F. I.2004年入社
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- Product Strategy Division
※Pan Pacific Retail Management (Singapore) Pte.Ltd.
- A. S.2004年入社
「あいつがいたから成長できた」ライバルってそういうものだ。
先輩紹介
毎日電話。付き合いたてのカップルのように
F. I.:二人とも2004年2月入社の中途採用。他にも全国で20名くらい同期がいて、配属になる前に東京の本社でオリエンテーションがありました。A. S.とはそこで出会って以来の仲。どちらも関西配属で、帰りの新幹線で偶然一緒になって、新大阪駅に着く頃にはすっかり打ち解けたのを覚えています。
A. S.:最初の配属先も同じ上本町店。立ち上げメンバーとして2週間くらい一緒に働きました。それから一旦は別々の店舗に異動になりましたが、2ヶ月後にはまた和泉店の立ち上げメンバーとして再会。電話で「和泉店に異動になった」と言ったら、F. I.が「俺も」って(笑)。
F. I.:電話はよくしていました。付き合いたてのカップルのように毎日。
A. S.:F. I.が朝弱いからモーニングコールをかけたり、これから店で会うのに通勤前もずっと電話していました。店舗の立ち上げは、やりがいが大きい一方で、本当に心身ともにハード。まして、入社間もない頃でしたから、気持ちが折れないように、お互い励まし合っていました。
スタートが一緒だから、あいつだけには先を越されたくない
F. I.:私がA. S.をライバル視するようになったのも、この頃です。私は上長の指示を受けて動いていたのに対し、A. S.は自分の意志で、商品の仕入れや棚割りを決めていました。2ヵ月前は同じスタートラインに立っていたのに、随分と差をつけられていると感じたんです。楽しそうに働くA. S.を見て、落ち込んだ反面、絶対に追いつこうと思いました。
A. S.:いやいや、ただ仕事に必死なだけだったんだと思います。あのときは。それに何だかんだ言っても、先に昇格したのはF. I.。和泉店の後、また別々の店舗に異動になって、私は店舗リニューアルのために関西の店舗を点々としていました。一方、深江店で腰を据えて働いていているF. I.は、メキメキと力を付けていたから、焦りました。「昇格したぞ」と電話があったときは、おめでとうとは言ったものの、内心は悔しくて仕方なかったです。この頃は結果を残せていなかったので、「向いていないかも」と本気で悩みました。
F. I.:あっと言う間に抜き去られましたけどね。実は私は大きな失敗をしてしまい、降格。A. S.は3年目、5年目で次々と昇格して関西22店舗を統括するエリアマーチャンダイザーに。今度は逆にみるみる差が開いていって、「本気で辞めよう」と思いました。A. S.の成長と私の成長を比べて、悔しさを感じていたのですが、そんなときでも相談相手はA. S.なんです。電話したり、飲みに行ったりと、大半はたわいもない話でしたが、「もう一回、頑張るか」と思い留まることができたのは事実です。
A. S.:F. I.は数字に強く、分析力がスゴイ。必ず結果に結びつく日が来ると思っていました。そして、なによりずっと張り合ってきた相手なので、こんなところで立ち止まって欲しくなかったという思いがありました。
F. I.:私も今は大阪エリアのエリアマーチャンダイザー。ようやくA. S.に並びました。(※取材当時)
「鉄人」への道が、二人を大きく成長させた
F. I.:私たちの名前が、全社に知れ渡ったのは「ディスプレイの鉄人(通称:D鉄)」です。私がインテリアを扱う家庭雑貨部門の鉄人で、A. S.が食品を扱う食料品部門の鉄人。
A. S.:「ディスプレイの鉄人」というのは、ドンキの代名詞とも言える圧縮陳列に長けた社員同士が、その技術と誇りをかけて闘う全社イベント。審査基準も厳しく、商品の利益率や売上まで考え抜き、なおかつお客さまを楽しませるディスプレイを制限時間内につくらなくてはならない。ドンキの原点が詰まっているイベントです。
F. I.:初めて参加したのは二回目のD鉄。ここで二人揃って鉄人の座につきました。一回目のD鉄では、私の師匠でもある上長や、関西のメンバーが軒並み負けてしまったんです。それがとにかく悔しくて、納得できなかったです。終わった直後に家庭雑貨部門のトップに「やらせてください!」と志願しました。
A. S.:一回目のD鉄を観たとき、会場の空気がすごく重く、格闘技かと思うような真剣勝負の連続だったんです。大会後に「次は出すから」と上長に言われた時も、正直出場するのがとても嫌でした。ただ、大会が近づくにつれ自覚が芽生えてきました。私は代表なんだ、負けられないと思いました。
F. I.:「ディスプレイの鉄人」は社内でも注目度の高いイベント。「鉄人」になると周りの目も当然変わってきます。ドンキの中でも最高峰の技術を示さなくてはいけない。
A. S.:私はD鉄で鉄人になった直後に九州エリアに異動したのですが、そのとき「鉄人が来る」とエリア内で噂になっていました。それくらいドンキ内では注目度の高いイベント。「鉄人」は、大きな名誉と仕事に対する誇りそのもの。周囲の期待値が上がると、更に自分を高めたくなるので、このまま勝ち続けていきたいのが本音です。
F. I.:次のD鉄では家庭雑貨部門にA. S.が乗り込んできて、直接対決するエキシビジョンマッチが組まれています。A. S.だけには絶対に負けたくない。まあ、負ける気もしませんけど。
A. S.:いや、勝つのは俺。同期として、入社から、ずっと意識し合ってきました。F. I.にもサラリと勝ちたいと思います。
後日談・・・
2012年、商品部門を超えた鉄人同士の直接対決は、家庭雑貨部門に乗り込んだA. S.が、自慢のスピードとアシスタントのアドバイスを的確に判断し、僅差で勝利。
その瞬間、F. I.は泣き崩れ、会場は静まり返りました。
A. S.のスピードもさることながら、F. I.の愚直なまでの仕事にかける熱き姿勢に、会場全体が、圧倒され心を動かされていました。
勝敗を超えた、二人の熱き魂は、ドン・キホーテでこれからも語り継がれていくこととなるでしょう。
-これからも二人の闘いは続いていく。
Career Profile
- F. I.
- 2004年
ドン・キホーテの「完全実力主義」に惹かれて、飲食チェーン店から転職。
新人時代は、出店ラッシュの大阪エリアにて多忙な日々を過ごした。 - 2005年
持ち前の分析力で頭角を現し、昇格。
関西で5番手だった深江支店を1位へ押し上げた。 - 2005年
本人曰く「暗黒時代の始まり」。大きなミスをおかし、降格。
その後も中々昇格できないF. I.をよそ目に、ライバルのA. S.が急成長。「おれもうアカンわ。」。本気で退職を考えたが、A. S.に励まされ思い留まる。 - 2011年
時代の流れを汲み取った独創的な商品を次々に導入創出。
爆発的ヒットを飛ばしながら、暗黒時代を突破。 A. S.に遅れること1年、大阪エリアで昇格した。 - 2011年
「絶対勝つ」と周囲に告げ、第2回ディスプレイの鉄人に出場。
宣言通り勝利を収め、鉄人に。前後左右どこから見ても完璧。計算されつくされたディスプレイで、F. I.の名は全社に知れ渡った。 - 2012年
ディスプレイの鉄人に再度参戦しA. S.と対決。
勝利を掴み取りふたたび鉄人のベルトを腰に巻く。 - 2013年
ディスプレイの鉄人防衛線に参戦
新世代の猛者達と闘い、僅差ながら防衛に成功。 - 2014年
自身の視野を広げたいという観点で商品軸から店舗軸へ社内転職
支社長へ就任。 - 2015年
道頓堀店店長へ就任。
訪日客の急増から売上日本一になる。
外国人客と接客対応のための外国人従業員と日々苦悩。 - 2015年
支社長補佐へ就任。
運営に磨きをかけるべく支社長の側近となり営業や新店開発等に携わる。 - 2015年
MDサポート部責任者就任。
組織の編成に伴い商品軸に返り咲き手探りながらも新規部署の仕組み作りに奮闘。 - 2017年
関西エリア 支社長
Career Profile
- A. S.
- 2004年
「もっと稼ぎたい」と、旅行会社を辞めてドン・キホーテへ転職。
F. I.と同じ大阪エリアに配属。1年目から意欲的に仕事に励み、 同期5名の中でも頭一つ秀でていた。 - 2007年
石切店、西宮店のリニューアルを担当。うまく結果が出ず、落ち込んでいるときにF. I.の昇格を知る。
「私には向いていないかも」と一時は退職を考えたが、 人をまとめるコツをつかみ、徐々に結果がついてきた。 - 2009年
先に昇格したF. I.の背中を必死で追いかけ、エリアマーチャンダイザーとして順調に昇格。 - 2009年
上司の推薦で、第2回ディスプレイの鉄人に出場。
本番当日までは、「絶対太刀打ちできない」と弱気だったが、 上から陳列する常識破りのディスプレイで、最速タイムを叩き出し、見事鉄人に。経験豊富な審査員を唸らせた。 - 2011年
勝利を手にした直後に、九州エリアへ異動。九州では「鉄人がやって来る」と騒ぎになった。A. S.の動き一つひとつに若手の視線が釘付け。
私がドン・キホーテを引っ張っていくという自覚が芽生えた。 - 2016年
MD開発本部のフード&ドリンクマーチャンダイザーとして、全国規模の商談や定番棚割の構築を行っている。 - 2017年
経営戦略室シンガポール出店プロジェクトチームに所属となり、海外新店の立ち上げメンバーとなる。 - 2018年
Pan Pacific Retail Management (Singapore) Pte.Ltd.
Product Strategy Division にて海外の商品戦略を行っている。
※職位・職責・配属は取材当時の情報になります。
※表記している役職名に関しては昇降格時点のものを使用しております。